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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)96号 判決 1985年10月30日

原告

島浦健二郎

被告

長田美佐子

主文

一  被告は原告に対し金一二五万二六三一円及びこれに対する昭和五九年二月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担として、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金二一二万四六三一円および右金員に対する昭和五九年二月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は次の交通事故により傷害を受けた。

(一) 発生時 昭和五五年六月二四日午後五時二五分頃

(天候晴れ)

(二) 発生地 (1)神戸市北区広陵町一丁目一五九―一先

(2)道路名称市道(アスフアルト舗装)

(3)特殊な地形、道路の状況

信号機が設置されている交差点

(三) 事故車、車種 普通乗用車(登録番号 神戸五七め九六七五号)

(四) 運転者 被告(進行方向 西方より左折北進)

(五) 被害者の事情 (1)佇立

(2)当時五歳

(六) 事故の態様

原告が本件交差点西北角に佇立していたところ、被告が対面信号に従い西から北に向けて左折進行するに際し、

(1) 原告に被告車左前角部付近を接触させて路上に転倒させたうえ左後輪で左下腿部を轢過したもの、又は

(2) 原告に被告車左前角部付近を接触させて路上に転倒させたもの、又は

(3) 原告に被告車左後部付近を接触させて路上に転倒させたもの(いわゆる「内輪差」により被告車左後部を接触)、又は

(4) 被告車を左折進行させるに際し、原告に傷害を発生させたもの

である。

(七) 受けた傷害の内容

左下腿骨開放骨折、頭部打撲

2  帰責事由

(一) 被告は前記加害車両の所有者であり、同車両を運転中、以下の(二)の過失により原告に傷害を与えたものであるから、自賠法三条、民法七〇九条により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(二) 過失内容

被告には前側後方不注視による左折不適当の過失がある。

3  損害

(一) 本件事故により生じた原告の損害は、別表の明細書のとおり総計金二一二万四六三一円である。

(二) なお、慰藉料算定の根拠として特記すべき事実は、左のとおりである。

(1) 入院治療 四九日間

自昭和五五年六月二四日至同年八月一一日

通院治療 五四日間

自昭和五五年八月一二日至同年一〇月三一日

(2) 被告は、原告の損害補償を長期間放置したばかりか、原告が虚偽の事実を申し述べていると、多数人の面前で公言するなど、極めて悪質であり、その精神的苦痛は甚大である。

4  結論

ところで被告は、右損害金の支払をしないので右総額二一二万四六三一円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済まで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は不知。

ただし原告が骨折の傷害を、原告主張の日時場所で受けたことは認める。

2  同2項、3項は争う。

三  抗弁

1  免責

(一) 原告は、当初から被告の車両に「ひかれた」と述べているところ、仮りに、被告の車両によつて「ひかれた」のではなく、何らかの接触があつて、これにより原告が骨折の傷害を受けたとしても、信号に従つて徐行して左折中の被告の車両に、原告が故意に近い重大な過失によつて接触したものである。

(二) 被告の車両には、何らの構造上の欠陥又は機能の傷害もない。

(三) よつて、被告は原告の傷害について何らの責任も負わない。

2  過失相殺

仮りに、被告の免責が認められないとしても、原告には前項で述べた通り故意にも近い重大な過失があるので、相当の過失相殺がなされるべきである。

3  消滅時効

仮りに、被告に何らかの賠償債務があつたとしても、原告の本訴提起は昭和五九年一月三一日であつて、原告の最終の治療日である昭和五五年一〇月三一日から三年以上経過しているので、被告の賠償債務は既に時効により消滅している。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項、2項は争う。

2  同3項の主張は次の理由により失当である。すなわち、

民法第七二四条にいう「加害者ヲ知リタル時」とは、被害者の職業、地位、教育などから賠償請求をすることが期待できる状況により、かつ賠償請求手続をすべきことを要求できる程度に加害者を知つた時を意味すると解すべきである。

本件においては上記のとおり、被告が刑事事件において無罪を主張して争つていたのであるから、この段階で原告に賠償請求することを期待することは事実上不可能であるし、またこれを要求することは酷である。従つて、第一審の有罪判決言渡しの時をもつて、「加害者ヲ知リタル時」というべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和五五年六月二四日午後五時二五分頃、信号機が設置されている神戸市北区広陵町一丁目一五九―一先交差点付近において、原告が骨折の傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、甲第二号証によれば、原告の受けた傷害は左下腿骨開放骨折、頭部打撲であることが認められる。

二  ところで、原告はかくの如く骨折までしているのであるから、何らかの強い外力が当該部位に加わつたものと考えられるところ、甲第八ないし第二一号証、乙第一ないし第一二号証(たゞし乙第六ないし第一二号証中、後記措信しない部分を除く)によれば、次の事実が認められ、これに反する乙第六ないし第一二号証はたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1  本件交差点は、別紙見取図の如く、東西に通ずる道路と南北に通ずる道路とがやゝ斜めに交差しており、東方から進入した車両が左折北進するためには、直角に曲るだけでは足らず、約一二〇度近く鋭角に左折しなければならないところであつて、北進道路の幅も約六メートルであるから、交差点付近に駐車車両の存在する場合にはそれだけ道路幅を狭めているが故に、左折の際にはハンドル操作に十分注意すべき場所である。

2  当時北進道路の西方、本件交差点寄りの停止線付近に一台の乗用車が駐車していて、道路幅を相当に狭めていた。

3  被告は、その所有にかゝる普通乗用自動車(以下被告車という)を運転して東進し、本件交差点手前で赤信号のため信号待ちをした後、対面青信号に従い発進、左折した。

4  被告は信号待ちをしている間、同交差点北側横断歩道西詰に、北方を向いて佇立するに至つた原告を認めていたが、左折の際は、北進道路に駐車中の前記車両との接触を避けるべくハンドル操作に気をとられていたためか、原告への注視を怠つていた。

5  原告は買物をすませて北方道路から本件交差点に至り、本件交差点西側横断歩道を南に横断すべくその北詰に来たところ、南北の歩行者用信号機が赤になつていたので、気が変つて同交差点北方から南進してくる自動車を見ようと考え、同交差点北側横断歩道西詰やゝ北寄りに移動し、そのまましばらくぼんやり北方を向いて佇立していたので、被告車の接近には気づかなかつた。

6  ところが、被告車が原告の佇立していた付近を通過した際、被告車が原告の臀部に接触し、その反動で原告は左へ半回転して転倒し、前示傷害を負い、急に大声で泣き出した

7  その状況を約二四・五メートル離れた地点から目撃していた菅胡桃には、被告車の左後部付近が原告に接触したように見えた。

8  原告は、転倒してすぐに大声で泣き出したので、右事故に気付いた多数の人々が原告の周囲に集まつてきたが、被告も原告の泣き声を聞きつけ、同交差点の北方約二〇メートルの地点で停車し、直ちに原告の様子を見に早足で引き返したが、その間被告車以外に左折した車両はなかつた。

9  捜査機関は、当初から、本件を被告車による接触事故とみて捜査していたが、被告は自車の接触の事実を否認し、事故態様も不明確な点があつて捜査は難航した模様で、被告を業務上過失傷害罪で起訴に持ち込んだのは、事故後約一年七ケ月後の昭和五七年一月三〇日であつた。

なお原告の傷害は、昭和五五年一〇月三一日にその治療を終えている。

10  検察官は、証拠を検討した結果、被害車左前角部付近を原告に接触させて転倒せしめたうえ、その左後輪で原告の左下腿部を轢過したという訴因で被告を起訴した。

11  しかしながら被告は無罪を主張し、数多くの証人調が行なわれ、証人として出廷した医師が被告車による轢過の点について疑問を呈し、轢過の事実がなかつたとしても、原告の傷害は起りうると証言したこともあつてか、原告が被告車に左下腿部を轢過されたと証言していたにもかゝわらず、最終段階で轢過の訴因が撤回されるなどの紆余曲折を経た末、昭和五八年一二月二二日に、ほぼ変更された訴因どおり有罪判決が言渡された。

12  これに対し、被告は直ちに控訴したところ、控訴審は、昭和五九年五月三〇日、被告車の左前、角部付近が原告に接触し、原告を転倒せしめたと認定するには証拠上合理的疑いが残るとして、被告に無罪判決を言渡し、右判決は確定した。

三  以上の認定事実によれば、被告車が本件交差点を左折するに際し、その車体を原告に接触させて転倒せしめたことは明らかであつて、被告車のどの部位が原告と接触したかを確定するまでもなく、自賠法三条本文に定める責任が被告に生じているものと言うべきであるが、あえて言えば、原告との接触部位は、被告車の左後部付近であると認めるのが相当である。

しかして、前示事実によれば、被告には、左折の際、左方にいた原告に対する注視を怠つていた過失があるものというべく、他方原告には、特段の不注意も認められない(原告は、被告車との接触前、前示二の5のとおり移動したのみで、その後その位置を移動した事実は認められない)から、被告の免責の抗弁、過失相殺の抗弁はいずれも理由がない。

従つて、被告は、本件事故により原告に生じた損害の全額を賠償すべき責任を負うことになる。

四  原告法定代理人母島浦三千子の尋問結果及び甲第三ないし第五号証の各一、二、第六、第七号証によれば、原告の治療費は計一八万八四七一円であること、入院期間は四九日間であること、従つて入院雑費は一日一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、入院雑費は計四万九〇〇〇円であること、原告は当時五歳であつて、医師の指示により母島浦三千子が、入通院に際し原告に付添つたが、その付添費は、入院期間中一日につき三〇〇〇円、通院期間中一日につき一五〇〇円と認めるのが相当であるところ、入院期間は四九日であり、通院期間は五四日であつて、付添費合計は二二万八〇〇〇円となること、その間の付添人である母及び原告の交通費は計三万七一六〇円であること、以上の事実が認められる。

以上を合計すると、五〇万二六三一円となる。

さらに前示認定の傷害の部位、程度、入通院期間、その他諸般の事情を考慮し、原告の精神的損害は六〇万円と認めるのが相当である。

以上の損害を合計すると一一〇万二六三一円となる。

また、本件事案の性質、訴訟経過、認容額等に鑑み、弁護士費用は一五万円と認めるのが相当である。

従つて、右損害額に弁護士費用を加算すると、合計一二五万二六三一円となり、被告は右損害を賠償すべき責任を負う。

五  そこで消滅時効の抗弁について判断する。

本訴提起は昭和五九年一月三一日であつて、原告の最終治療日である昭和五五年一〇月三一日から三年以上経過した後になされていることは原告の明らかに争わないところであり、これを自白したものとみなす。

ところで、刑事責任と民事責任の相違を一般人が理解することは困難であるうえ、甲第二一号証によれば、原告法定代理人母島浦三千子は、本件事故後間もなく、被告から被告車を原告に接触させたと聞いたので、加害者は被告であると信じたものの、前示の如く、被告は捜査機関に対しては右接触の事実を一貫して否認しており、その後の捜査も難航している模様であつたから、その段階で、一般市民である原告法定代理人らが、被告に、刑事責任は勿論のこと民事責任もあるとして、或いは刑事責任は別だが民事責任はあるとして、本訴を提起することを期待するのは、いささか困難を強いることになるものと思われる。ところが、昭和五七年一月三〇日になつて、検察官はようやく被告をを業務上過失傷害罪で起訴するに至つたことは前示のとおりであり、島浦三千子ら原告家族がその帰すうに多大の関心を寄せ、毎回審理を傍聴していたことが原告法定代理人母島浦三千子の尋問結果によつて認められるから、島浦三千子は間もなく右起訴事実を知つたものと推認され、その時点から被告に対する賠償請求をすることを原告法定代理人らに期待することが事実上可能な状況になつたもの、すなわちその時点で原告法定代理人らは加害者を知つたものと解するのが相当である。

そうだとすれば、原告の本訴提起は原告法定代理人らが加害者を知つたときから約二年後になされたことになるから、被告の消滅時効の抗弁は理由がないことになる。

五  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、一二五万二六三一円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五九年二月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。(なお仮執行宣言の申立については、その必要がないものと認め、これを却下する。)

(裁判官 寺田幸雄)

別表 「損害明細書」

<省略>

別紙図面

<省略>

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